ブログ「場活道」

岐路

[2014/07/11]

岐路

人生には岐路がある。

岐路が目の前にあるのに、もと来た道を戻ろうとする。
そして、過去と同じ悩みに苦しむ。
岐路から逃げるた先には、堂々巡りの旅が続く。

 

では、なぜ目の前の岐路から目をそらすのか。

岐路では、どちらかの道を選んで進まないといけない。
その先に起こることは想像できない。

自分の選択が間違っているかもしれない。
今まで得たものを大きく失うかもしれない。

 

まさに、リスクと不安の世界。
もと来た道の方がよっぽど安全。安心できる。

リスクと不安の世界にとびこむよりも、よく知っている道を歩く方がはるかに楽。

本当のところは、どうだろう。

ちっとも安全でない。
なぜなら、世界は刻一刻と変化しているからだ。

 

もと来た道は、もうもと来た道でなくなっている。
もと来た道の道端には既に、危険が潜んでいる。

 

楽をしようとしている人たちは、格好の餌食。
そう猛獣や盗賊たちの。

岐路の先にある道には、猛獣や盗賊は恐れをなしてやってこない。

そこには、前を向いて選択して進んできた勇者たちがいる。
その勇者たちと出あい、仲間が増えていく。

 

今、自分は岐路にいるのではないか。
そう問いかけてみよう。

小さな岐路なら1日に何度もやってくる。
中ぐらいの岐路は、数年に一度やってくる。
大きな岐路は、おそらく人生で2,3度だろう。

何かを失う怖さと同時に、新しい未来が拓ける予感を同時に感じているなら、
それは岐路にいる証拠。

 

そこで自分に問うてみる。

“過去の楽さ”に心が依存しようとしていないかを。

楽を失う不安に、自分で自分に言いわけをしていないか。

不安を言いわけでかき消そうとしていないか。

 

想像してみよう。
言いわけの言葉を自分に言い続ける。死の間際まで。

死の間際、その言いわけは人生最大の後悔に変わる。

 

ゴールはだれしもが死であるのは、もうわかりきったこと。
であれば、最高の旅を続けるには、言いわけをしている時間はもったいない。
同じ悩みに中に埋没するのはもったいない。

 

このコラムを読んで、「そうはいっても・・」と言いわけが心の中にわき出てきたら、
もしかすると、過去の道を歩む、堂々巡りの旅をしているかもしれない。

コラムを読んで、こう捉えることもできる。

“岐路から目をそらさない” という選択をする岐路に今立たされていると。

 

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