経営者と現場と場活師の「三位一体」による風土革新のプロジェクト 「場活」実績紹介

立ちはだかる温度差。

――丸山さんが集合研修で得た学びや気づきは、集合研修に参加していない他の社員の方にスムーズに伝わりましたか?

そこが難しいところでした。プロジェクトメンバーと顔を合わせると常に話題になったのが、研修を受けた僕たちプロジェクトメンバーと、研修を受けていない人たちの「温度差」でした。実際、上司からも研修に参加した僕たちだけが熱くなっていて、他のみんなは気持ちがついてきていないんじゃないか、といったことを何度か指摘されました。
僕の場合、研修でいただいたレジュメをもとに自分なりに資料を新しく作って、同じ部署の人を対象にプレゼンしたりグループワークを実施したりして研修の内容を伝えるようにしていたので、ある程度伝わったとは思っているんですが、ひょっとしたら中には「なんだこいつ、えらそうに」と思っている人がいたのかもしれません。
自分の学びや良いと思ったことを押し付けることが良いわけでもないし、かといって相手がどう受け止めたかは相手次第と割り切って、ほったらかしにしておくのも良いことではない。自分が研修で得たものをみんなにそのまま共有するのは、非常に難しいことなんだと痛感しました。

カラフルカンパニーが1つになった大祭り号と超祭り号。

――プロジェクトメンバーとそうでない人たちとの間にあった溝は、その後埋まっていったのでしょうか?

すぐにというわけではないですが、時間の経過とともに埋まっていったように思います。
集合研修が終わった後、会社を活性化するためにいろいろな活動を社内ですすめていきました。例えば、小さなありがとうを集める「ありがとうプロジェクト」を立ち上げたり、伝達事項だけで終わっていた朝礼をみんなで話し合える場に変えたり、各種部活動を発足させたり、創業以来初めての社員総会に向けて準備をしたり…と、小さいものから大きいものまでそれはもうたくさんありました。

そういったさまざまな取り組みを行っていく中で、おそらくプロジェクトメンバー以外の人たちの意識も徐々に変わっていったんじゃないかと思います。

――そうした意識の変化は仕事にも良い影響を与えましたか?

そうですね。プロジェクト開始から3カ月ほどたった頃、これまでの最高売上・ページ数を超える生活情報誌を作ろうということで、『金沢情報(9月19日号)』を「大祭り号」と名付けて営業・制作に取り組み、目標を達成しました。また、その半年後にはさらに高い目標を掲げた「超祭り号」にチャレンジしました。あの大祭り号や超祭り号を作っていた時はものすごく社内に一体感がありましたね。

制作と営業が並行して立つ2本の木だとすると、それまでのカラフルカンパニーは2本の木の間に不要な枝がたくさん伸びていて、お互いが争って場所取りをしているような感じでした。そして向うから伸びてきた枝をよけるために、本来まっすぐ伸びなきゃいけない幹までが斜めになったりしていたんです。
でも、大祭り号や超祭り号を作った時は、そういう余分な枝はきれいに切り落とされて、営業も制作も向かうべき方向に向かって真っすぐ伸びる組織になっていたと思います。

あの時の社内の一体感は、僕らプロジェクトメンバーが引き出した結果かと言われると、正直ちょっとわからないんですけれども、社内を活性化させるためのさまざまな取り組みによって少しずつ会社の温度や空気が変わっていって、そこに大祭り号や超祭り号という目標が掲げられたので、みんながその流れに乗れたんじゃないかなと思います。
逆に言えば、もし活性化プロジェクトによる新しい活動や試みが事前になければ、いくら社長の中井に「大祭り号やろうぜ!」と言われても、みんな(やりたくない)(そんなの、できるわけないじゃないか)としか思わなかったでしょうし、当然、結果も伴わなかったと思います。

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